近道
いつも通りの道を通って自転車で大学へ向かった。
良く晴れた日だった。
その日は僕が人を避けるために利用している林道で伐採が行われており、
迂回を強いられた。
僕と同じ道を利用しているであろう女子大学生も僕の前で迂回を始めた。
僕は彼女の進行方向を見て、彼女が通るであろう道順を思い浮かべた。
彼女が通るであろうルートは、大学までの距離はほとんど変わらないものの、やや起伏に富んでいる。
こんな暑い日にわざわざ通るような道ではない。
どうやら彼女は僕と同じルートで大学へ向かうらしい。
なんとなく後ろめたい気持ちを抱きながら僕は彼女の後ろを付けるように自転車を走らせた。
彼女は僕と同じルートで大学へ向かう。
そう確信したときだった。
曲がるべき四つ辻を待たずして、彼女はその二つ手前の四つ辻で左へ曲がったのだ。
僕は昔から方向音痴だったため、彼女が僕の知らない道を知っていてもおかしくないと思って納得した。
そして納得すると同時に、彼女の通る道が僕の頭の中にある道より最適化されているのではないかと興味が湧いた。
僕は彼女の後ろをつけることにした。
初めて通る道はとても新鮮で、こんなに木々があったのかと少し嬉しい気持ちになったりもした。
吹き抜ける風は涼やかで、僕から夏を引きはがしていった。
道はどんどん細くなり、彼女の背中越しに立派な家が見えた。
立派な池が見えた。
手入れの行き届いた庭が見えた。
日陰に停められた名前の分からない車があった。
行き止まりだった。
…
……
………
行き止まりだった。
僕より早くそれに気が付いた彼女は、唖然とする僕をそのままに進行方向を180度変え、再び自転車を走らせた。
彼女と僕は相対している。
「え!?何この人!!?」
と、きっと彼女は思っただろう。
僕もわけが分からず、
「ふざけるなよ!!!!!」
と、思った。
彼女の目に、僕はひどく異質に映っただろう。
僕はそんな彼女の目を見るのが怖くて、自転車のサドルの上で凝然としながら彼女から視線を外した。
僕の慣性はいまだにゆく当てのない方向へ向いている。
彼女は僕の脇を通り抜ける。
彼女が揺らした空気が風となり、僕に纏わりつく。
その風は僕の背中に一筋の汗をつたわせた。
僕はそのまま彼女の過去の軌跡を正確に辿るように、未だ進行方向を翻せずにいた。
あまりにもばつが悪くて思考ができなかった。
近くに脇道でもあればそちらに入り込んで、
「いやいや全然後ろからつけてきたなんてことないですからほんと。いやいや迷ってなんてないですから」
という体でごまかせたが、どうやら世界は僕が思っているよりも残酷らしい。
彼女はすれ違いざまに僕をどんな目で見ていたのだろう。
何を思ったのだろう。
彼女が、
「この人はこの辺りの道に詳しくないから後ろからついてきてたんだ」
と、思ってくれていれば幸いである。
いや何も幸いではない。
僕の味わった羞恥や焦燥は本物だ。ふざけるなよ。
僕はその家の所有者に断りなく、しばしその場に立ち尽くしていた。
後ろを振り返ると彼女の姿はもうどこにもなかった。
まだ気持ちの整理はできていなかったが、
「まぁ気にすることもないだろう」
と、無理に自分を納得させ、考えることを止めた。
僕は当初頭に描いていたルートで大学へ向かうことにした。
見慣れた風景に逐一安堵した。
その風景を見送りながら、僕は大学へ向かう。
大学のそばにある大きな交差点までたどり着いた。
ちょうど信号は赤だった。
誰かが信号待ちしているのが見えた。彼女だった。
僕は再び遠回りをすることにした。
良く晴れた日だった。